2011年5月23日 (月)

引っ越しまし太。

2006年4月より、なんとまあ5年に渡り細々と綴っていたブログ。
わたし自身がついにお引っ越ししたということで、
新たな日々を仕切り直して綴りたいなと、ぼちぼち新しいブログ立ち上げてました。

今まで、僻地ブログを一度でも通りすがった人、
ちょいちょい見てくれていた奇特でやさしいアナタ、
今日までにわたしと出会った人、音楽、映画、漫画、雑貨、たべもの、
数えきれない色々を含む世界にまで、ありがとうございましたと
言っておいたほうがいいんじゃ…!
なんて、大層なことを思ってしまうような

そんな気分です。
こんな気分は、早々ないよ。

新しいブログは「EDO(N)の、東」

あの…これ…江戸の東と、EDENの東かけてるんですけど…

わかりにくいって言われました…ました♥

遅れてきた上京組の、押さえ切れないテンションが感じられるネーミングですね!

とにもかくにも、引き続きのご愛顧、何卒よろしうお願いします。

追伸:HP自体のメンテはまだ諦めてません。

EDO(N)の、東。 http://karicolle.blog.fc2.com

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2011年3月11日 (金)

こんにちは血尿(救急外来完結編)

「せんせい、階段でお尻から3段落ちて、長風呂した翌朝に血尿が出たのですが…」 馬鹿に馬鹿を塗り重ねるように説明するわたしにせんせい(ヤングな研修医)は言ったよ。 「打撲による血尿ってあまり考えられないんですよね…」

ね。ないって。打撲による血尿。 なんとなく半笑いなのは、気のせいだよね、せんせい。 じゃあ、じゃあ何経由でわたしの尿は赤く染まったというの、答えてヤングせんせい!

「現状、血尿自体は止まって出ていないということなので、精密検査をしてみないとなんとも…」

 

正月だ!血尿出たよ、なんでだろう!(五七五)

 

わたしたち母娘がたいへん心もとない顔をしていたと見え、そのまま診察を終わらせるつもりだったであろうヤングは、最後に簡易エコーで我が内腑をチェキってくれました。ありがとう。というわけで、ほどけない不安を抱えたまま安静に過ごした30の正月。テンションの上がりきらないまま、腎臓内科と泌尿器科について調べつつ、ドリームマッチも見ずにボウっと過ごした30の 正月。みんな!なにはともあれ身体が資本だよ!

明けて4日。ヘイ泌尿器科!冒頭の、馬鹿に馬鹿を塗り重ねるような説明をしたところ、せんせい(おじさん医者)は言ったよ。

 

「ハッハ-、子供がケンカして背中打って血尿出すとか、よくある事象だよベイブ!」

 

語尾語頭は演出ですが、内容は真実…! もう、わたし、 子供じゃあ、ないけどね! ケンカっ早くも、ないけどね! 階段でひとりピエロだったけどね!

「血尿も止まっていることだし、様子を見て自然治癒さ心配いらないよガール!」

そっかー、そなのねー、ていうか、おい研修医(ヤング)!…研修中なだけあるな。事例! 血尿事件2010、事の顛末は以上です。 この場を借りて、ご心配おかけした関係者各位に謹んで詫び入れちゃう。 マヌケでごめーんご! 血尿を経た今、わたしが言えるのは、重複するが、冬場の毛糸の靴下には気を付けたまえ!ということだ。それだけだ。

Huranken

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2011年3月10日 (木)

こんにちは血尿(待合室編)

※2011.1.1つづき

対外的に一応気丈に振る舞うも、不安過ぎる血尿な自分。

「お風呂の王様」(スーパー銭湯)で血行と共に血尿まで促進させていた自分。

バカだった。若かった。1日若かった昨日の自分の過ち…

北鎌倉の帰り、友達の家にてルクエで蒸しパンを作りつつ、年末だから空気が澄んでるね、東京の東でも富士山が見えるね、なんて言いつつ、全身血尿の不安に包まれていた自分…

(血尿先輩伝はわたしに希望を与えてくれましたが、細かいシチュエーションが色々違うので、不安をぬぐい去ることはなかったのです)

 

その不安は家に向かう常磐線でピークを迎え、ついに「血尿 尻 打撲」でiphone検索するまでに…!まさかマイiphoneも血尿検索されるとは思うまいて。

そして、出るわ出るわ恐怖を煽る検索結果!

 

腎臓、損傷、膵臓、婦人科系疾患…

 

ギャース!!

 

家に帰り、事の次第をとつとつと説明する三十路の娘に、失望と心配ないまぜの表情を浮かべるママン。親孝行と逆のベクトルを走り続ける、こんな娘でごみんなすって。みんな!親の心配する顔ほど、バツの悪く、面目ないものは…ない…よ!

 

明けて翌日。元旦に母に付き添われ救急外来とか…ぼくって何(三田誠広)?

血尿自体は1日経って収まったものの、受付で「打撲で血尿」と告げると「エ!まじで!?」みたいな顔をされるので、それなりの覚悟をするわたくし。でも、待合室となっている廊下の長椅子に腰掛けていると、明らかに「打撲で血尿」よりも深刻な事態に陥っている方々もいらっしゃるわけで、不安とはいえ「打撲で血尿」は所詮「打撲で血尿」なわけで。それなりのたたずまいで呼び出されるのを待つ。

 

呼び出されるタナハシ。立ち上がるタナハシ。

お医者「え…と、怪我されたのはどちら…」

Ketsunyou_2

もーバカ!ママンのいでたち!

最近、うちの母親の中でマイブームなバンダナ?っていうの?

あのタオル地みたいなゴムのアレ。 昔ふかわりょうがやってた、みたいな。 立川談志は今もやってる、みたいな。

ママン曰く「夏木マリがやってて、これだって思って!」

 

いや、どう見ても成功してないでしょ。

まず生地チェンジするところから始めてみよう?

ね、怪我した人とか思われちゃうからね。

 

そして肝心の診察結果は?!

次回、ついに完結(か)!

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すっとばして


サンガツ。

あの、とりあえず、血尿は止まりました…書くよ、と言って未完で終わるパターンはわたしの定石ですが、完結編も、書くよ。書こうと思ってる♥


ところで(逃げた!)、たなはし、この度水戸藩を脱藩することと相成りました。
一人暮しに想いを馳せたまま、こじらせて、早10年。
ついに、川を渡り、江戸へ!


20歳の成人式でくぐったのは、ゲートじゃなくてベール程度のものだったのかなあと。
わたしにとっての、おとなになることの一枚目のドアとして、30歳の一人暮らし、始まります。
三十路女(ミソージョ)、江戸へ参る!

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2011年1月 1日 (土)

2011.1.1

元旦から救急外来へGO、若い研修医に尻を見せつけてきたタナハシです、こんにちは!2010年が大殺界でも厄年でもなかったって本当ですか?!

喪中につき、新年のお祝いの挨拶は控えさせていただきつつ、
2010年に感謝を。さんきう for all!
ありがとう。
2011年も何卒よろしくお願いします。

はて、なぜわたしが新年早々若い研修医に我が臀部を見せつけるはめになったのか。
昨年、逆の意味で「もってた」んじゃ、と思えなくもない私の2010年を締めくくった、ことの顛末を記しておきたい。

ときは2010年12月30日。
北鎌倉かずみん邸に集いしあきゃえ、みうら、たなはし。ハイスクール時代から縁あるこのメンツ、毎年年の瀬に寄り集まって鍋をつつき夜を明かすことが恒例行事となっておりまして。だいたいどういうテンションかと言うと…

Life_3

スーパーで買いもしないバカサングラスをかけてはしゃぐくらいのアレですあしからず。
ていうか、これが大船のライフに売ってる意味がわかりません。そんなにみんなパーティーピープルなの?大船って。でもわかんない、大船観音おったてるだけの民力だから、わかんない…

と、バカサングラスのテンションで選んだ今夜の鍋は「トマト鍋」(カゴメ)。これ、甘くておいしかったよ!酸味は強くないです。ベスト具材はプチトマト(これは普通の鍋に入れても激しくおいしい)。豆腐、ジャガイモもいい具合でした。女子飲み、家飲み受けの洋鍋ブーム続いてますな。チーズをinした後の〆のうまリゾットも堪能し、すこぶるかわいい猫・拳太とじゃれあい腹ごなし、リラックスしたところで…

…踏み外したよね、階段を。
階下のトイレット先生に向かう道すがらだったよね。
こうね、ドンドンドンって3、4段おしりで階段落ちを少々たしなんだよね。
みんな、冬場の毛糸の靴下はドンずべるから要注意だよ!

瞬間、尻は痛んだものの、歩行等無問題、ヨカッタ腰じゃない尻餅尻餅!テヘ!と判断して、車内でマイケル・ジャクソンをガンガンにかけながらスーパー銭湯「おふろの王様」に向かう前のわたしにかけたい言葉はありますか?って言われたら

Ebizouweb

って言うよね。
その上、露天の「壷湯」に入って、ひとり星を眺めながら今年1年を振り返り、4人中最も長湯していたわたしって、ことごとくなんなんだろうね!
その後、くんさきをつまみつつ、友人の旦那さんの実家で長年親しまれたきたという謎すぎるトランプゲーム「カナスタ」を夜通しやり続け(ゲームの発祥がウルグアイだとか、だまされてたんじゃ…ほんとはそんなゲームないんじゃ…)三十路の限界を迎えて就寝したかと思いきや修学旅行時の中学生的に「まだ起きてる?」な会話を繰り広げたその翌朝。事件は起こった。


血尿(初)!


これが、うわさの、血尿さま!
絵の具のついた筆をバケツで洗った云々具体的な描写は避けますが、とにかく、血尿さま!
おおおおお。動転するわたしに「わたし10段おしり落ちしたときに出た出た!かつ、自然治癒した!」と言い放ったのは、先日歯医者の待合室で延々とレディ・ガガが流れ続けた話で滑らない認定を受けた血尿先輩あきゃえ。「そっか!そんなものなのか」と胸をなで下ろし、帰り道別宅(みうら邸)に寄って窓から優雅に富士山を眺めつつ、ルクエで蒸しパンをつくるなど余裕の表情を見せていたタナハシだったが…?!(第1話「こんにちは血尿」あらすじ)

【救急外来編へとつづく…】

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2010年11月22日 (月)

chili「夜を巡る」を巡る

chiliさんが新作音源「夜を巡る」をたずさえてTOKYOにやってきた!ヤーヤーヤー
最近、“転勤系アーティスト”などうまいキャッチをひねり出したchili嬢。
この冬は、九州をぐるりと回って、宮崎から大阪へ北上した模様。

※まったく人のことは言えないが日記以外更新が滞るHP内chiliブログ参照↓
chili!chili!chili!

新作音源「夜を巡る」は、すばらしかった。
声はずっと澄んで、遠くまで伸びていきそうだった。
引き続き、進化してゆく歌う身体。
感情がともり発光している、でもスムース。
なめらかな、声の感触。

「東京タワー」(ピアノver. /ギターver.)「夜という球体」3曲を朗読(と音楽)で挟み込んだ濃厚な夜のサンドイッチ。とてもとても夜。眠りに落ちる前にひとり、あかりをつけて聞きたい。わたくし、今回ジャケットイラストも描かず、朗読部分(散文)で参加しました。chili嬢が品の良い豆を挽いて淹れたコーヒーみたいな夜に、わたしがイメージした夜をミルクみたいにたらしてみたら...なコラボレーション。


chiliさんの読むわたしの言葉は、もう文字ではなく、音になっている。
鮮やかな驚き。ハッとした。
音になったわたしの言葉は、想像以上に素敵で(言葉がおめかししたみたい!)一度離れて遠くから見ても良いな、良いものがかけたなと思ったので散文をのっけてみる試み。

※アルバムの歌詞カードには「耳で聴いてほしい」というchili嬢の意向で、
散文自体はのっかってなせん。


____________

夜は巡る

 夜は、いつものように街にやってくると、公園の噴水の縁、スーパーマーケットの駐車場、オフィスの奥の応接室からエレベーターのボタンの隙間まで、満遍なく満ちて行った。たちまち、街は菫色に包まれ、地平線で日の名残が少し燃えた後、色濃い紺色の層を何枚も纏った。夜は、満ちはぐりがないか確かめるように、風に乗って街路を東から西へと泳いでいた。その折、ビルの間を歩く娘を見つけたのだった。そして、彼女のシャツの影に、自分を溶かしこんだ。

 夜は、娘の歩みとともに街中を抜け、電車に乗り込んだ。
 4両目から広がった夜は、車窓の向こうにたゆたうまだ若い夜の層と繋がってその色を重ねたので、街の灯りも、白や黄色や橙やら思い思いにその明度をまあるく上げた。鉄橋を渡るとき、下の川面にずいぶん夜が溶けてしまったせいで、空は川面よりもいくぶん明るく仕上がり、派手な街では電気の灯りで空が菫色のまま夜を明かすこともしばしばだった。それでも、ガタタン、ゴトトンと夜は深まり、しばらくすると、世界はすっかり夜になった。

夜の只中、電車は走った。
娘の口元が言葉を結ぶ。
ふ た わ む こ う だ い
聞き慣れない、文字の顔も、表情も分からない。
ふ た わ む こ う だ い
見知らぬ駅の名前は、ひらがなで意味を失った。
もてあそんだ音が落下するよりも少し速いスピードで電車は走る。
看板、中吊り、老人の手にある本、いたるところに文字は踊っていた。
「威嚇」の「嚇」は口に赤、赤。啼く鳥の嘴のインサイド。
鳥の口の中が赤かったかどうか、娘は思い出せない。
窓の外で、巨大なショッピングセンターは休むことのないお城として、
こうこうと、どこまでも白く、発光している。
サバービア、サバービア。

「突き当たりを右にいってください、次の交差点を左で。
あの、黄色い点滅の下あたりで停めてください。」
踵のヒールを12段分鳴らした後に、2m。
小さな部屋。
今日を修めるために、娘は、音楽を選ぶ。
水を飲み、身支度をし、眠りの延長線上へゆるやかにシフトしていく。
彼女は、枕元に小さなあかりを点し、
その日の出来事を、線も点もない真白い紙に綴った。
鉛筆の鉛は黒く黒く鈍く、その光を返した。
なめらかに、なめらかに、漆黒は彼女の指の間から、窓の外へと流れていった。
虫の声も、音盤からなのか、庭からなのかわからなくなって、
甘やかなひとりぼっちは生まれ落ちる。
夜は、わたしのために、その身体を果てなく広げているのだ。
そう思い、娘は安心してまぶたを閉じた。

 夜は、住宅街から街を越え、キリンのようなクレーンが群れ為す工業地帯を越えていく。さえざえとした銀色の機械も、もうもうと立ち上がる煙突の煙も、オレンジの灯りも。夜の姿は、いつの間にかたっぷりとした魚になっている。魚となった夜は、その身体が白むまで、世界のすべてを呼吸した。ひとしくまろやかに吸い込んでは吐き、吸い込んでは吐いていった。鰓から漉され出た空気には、少しずつ夜明けの粒子が混ざり始めている。

東の彼方、海の方から風が吹くまで、もう、間もない。

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2010年11月16日 (火)

10月はふたつある。

糸井さんも言っていたけれど、わたしも前々から思っていました。
いまの人にとっての成人って30歳。
寿命が延びていることもあると思うけれど、10年、うしろにずれている。
やっぱり、どうやったって黄色い昭和の時代のおとなびた20歳とは肩を並べられない。
年齢のイメージに追いつけないのはいつもだけれど、決してそれだけでなく。
成熟が足りていない。今、実感として。青々と、ミソジのわたし。



治枝ちゃんのこと、ハローグッバイ、コミュニケーション。
時間が経過しなければ、立てない地平と気付き。
7日目で気づくこと、10日目で分かること。
玄関でスニーカーを履くとき、振り向きざまに漏らす「日々進化しているんだね!」。
それでもなお、30になっていまだ、全然把握しきれていないわたしのこと。
本当は見えていること、領域、赦せること、赦せないこと、その他あのときifもしも的なぐるぐるに巻き込み巻き込まれつつ、感情の強さと頼りなさに驚き、我を知る10月。変えるべきこと、変わってゆくこと。

でも、考え過ぎはよくないって宇多田のヒカルちゃんも言ってた!
広く明るい方へってあきゃえも言ってた!
ミウラには「ミウラの魔法の言葉〜諦め4提言〜」いただきました!
あの日、かずみんの背中のレースはスケスケだった!

というわけで、
赤いベベ着るお年頃には、金子兜太並みの、「全肯定を経ての達観」にいきつきたい!
かつ、かわいい大喜利王のおばあちゃんになりたい!
そして、大往生のあかつきには、お通夜は夜通し大喜利DE決まり!

30はもう、こどもじゃない。
みんな、それぞれ、たいへんだ。
みんな、がんばれ(わたしも含め)。

育つために、開いていたいし、信じたい。
さんきう世界。
新たに。手の鳴る方へ。



誕生日は、ママンに花束を。
心から明るくなるような、あたたかい色の花束をみつくろう。

花を嗅いだら特にいい匂いはしなくて、花粉の「生きてる!」って感じの匂いがした。
名前に花がついてよかったなあ、と思った。
その、したたかさも学んでやりたい。

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2010年10月24日 (日)

おはるさんとわたし。

10月23日(土)12:38、おはるさんの旅立ち。

最後のハグは、2年前の冬。
1秒の邂逅。
もう、それまで色々話してたことなんてはるか、はるか及ばないのだった。
軽くなりすぎたおばあちゃんの身体と、するするとほどける時の流れと、距離と、込み上げる気持ちと、もう、一瞬でも早くそうしてたらよかったと思った。私はたまらず泣いてしまって、おばあちゃんにも、もらい泣きを食らわせてしまって、でも、確かにあのとき、深い場所に2人で降り立ち、繋がったのだ。
年老いた人と心が通じ合えたと思ったのは、あのときが初めてだった気がする。
人間として対峙していたんだ。
年齢とか、孫だとか、そんなのはなかった。
お互いを現状含めて、全肯定するよなハグだった。

作ること、縫うこと、詠むこと。
控えめに見えて、その実、強靭で、孤高の匂いもする人だった。
装いもすてきで、品のある人だった。
やさしいようで、やさしくなかったような気もする。
距離と覚悟があった。
孫にもマジギレした。
母親が、病気で長く家を空けていた小4の夏休み。家事のあれこれを担いにきてくれたおはるさんに、ひとり遊びに飽きた構ってちゃんな私は思わず、挑発的に「どうせ暇なんでしょ?」と口に出してしまったところマジギレ、急に荷物をまとめだして帰ろうとする(ある意味大人げない)おはるさんを、泣きながら必死になって謝って引き止めたっけ、なエビソード。

わたしを作るエッセンスのうちの結構な部分は、
実はおはるさんから流れてきているのかもしれない。
種を、芽を、血を、ありがとう。
わたしは、わたしを果たすことといたしましょう。

おはるさん、心から、人生、おつかれさまでした。
おやすみなさい。とても、とても、よい夢を。
柔らかい夢を。

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2010年8月23日 (月)

処暑ながら、暑いけれど、鈴虫はもうちゃんと鳴いていたり。

ともだちに

この夏知ったこと。
ゴーヤーの最終形態。
やっぱり南の国の子なんだね、きみは。
あと、オクラって天に向けて真っ直ぐ実が成るってことも知った。
いまだ知らないことだらけだ、世界は。

今、ギターガールに、読んで、もしくは歌ってもらう詩を精製しているのだけど、言葉を探して、使って3年になる携帯に保護られているネタメール(日記になりかけや、詩、散文的な)をチェキっていたら、ネタに紛れて送ることのなかったメールが出てきてウワァ!となった。鮮度!ジップロックか!

過去の自分にニヤニヤした。ああ、もう、わたし、かわいい…撫でてあげたい。

またまた久々なので、ツイッタの距離感とブログの距離感がごっちゃになっている。晩夏。

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2010年7月22日 (木)

仏 meets 80's girl (2010.6)

★ホー1P/仏T第一弾の原画
Bmg

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