« いま、あいにゆきます。 | トップページ | ハローグッバイ、人生の流れと小さなミラクルについて。 »

2009年4月 8日 (水)

春、るるる

春、るるる

またしても、数日ぶりにお外に出たら春ド真ん中。
どこから舞ってくるものか、車が川のように流れる灰色い交差点にも、
ひらひらとうす桃。

あぶない。
花見もせずに越せるか、春。

おひるやすみ。
教会のベンチ。
桜吹雪とトキオタワー。
吸い込むは、春。
春を吸い込む私も、また春。

あまりに贅沢に舞い散るので、ひとひら口に含んで食べた。

おいしゅうございました。


日々の出来事について。
過ぎるそのときは、だいたい「今」であふれているので、残る記憶のことなど気が回らず、思い出を後々の自分任せにしてしまうのだけど、時々過ぎゆく瞬間を前に、「ああわたし、この瞬間のことは忘れないんだろうな」という予感を栞として記憶にはさむときがありましょう。
「忘れない!」でなしに、「忘れないだろう(推量)」。
意志でなく、予感。
日常に紛れてしまうよな、決して強い色を持たないシーンだからこそ。

私の場合、それは春に多い。
素足に触れる布地のやさしい感触だとか、 窓からゆるやかに、でも確実に動いて流れてくる風の速度と頬だとか。
栞を挟むときは、誰といても、瞬間、ひとり。
忘れないだろうな、は私だけの予感なのです。


友達に千春という名の娘が。
千の春。
なんていい名、と毎年思う。
本人もきっとそうだろう。

千回は、ひとりの人生に背負いきれる春の量ではないけれど、 自分の周りの十数人分くらい足したら千回にはなりそう。


…なにこのセンチメンタルジャーニー!

これだから春は大好きです。

市川準監督の遺作が観たい。

|

« いま、あいにゆきます。 | トップページ | ハローグッバイ、人生の流れと小さなミラクルについて。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« いま、あいにゆきます。 | トップページ | ハローグッバイ、人生の流れと小さなミラクルについて。 »