旅をしたよ。

2010年6月15日 (火)

越後小沢道中

越後小沢道中
とんとご無沙汰。
100日ほど放置をば…エ!100日…!1年のうちの…

その間、ちょうどtwitterを始めており、明らかにその影響が感ぜらるる…※アカウントはtanya_kariiiでやっています。

などと、遠い目をしつつ向かうは越後。
3時間後、王子と謁見。
僕らが旅に出る理由:小沢健二に会いにゆく。
只今長岡。
トンネルを抜けて、空気はだんだんと冷たく、澄んできた。

10年前の僕らは胸を痛めるよりも、弾ませて、高鳴らせて、ドアノックや、さよならなんて云えないよなんて聴いていたんだ。
今、わたしの隣に座る娘からテープなんてもらって、小さく折り畳んだルーズリーフに1曲1曲思いの丈と萌えポイントをしたためて渡し合ったり(今でも大部分を保管)していた、はちきれんばかりのピチピチ田舎女子校生時代。
今はなき(生きてます)エビ●ワ先輩にあげるお菓子を秋の夜長にことこと作っていたことだとか。

そんなノスタルジーも余りある。遥か彼方の日々と今夜が繋がることへの期待もある。

でも、それよりも何よりも、小沢健二その人を確かめにいく、という気持ち。

朝、行き掛けに駅の階段でつまづいて、おおお皿割れたかな…と思うほど強打した膝に対する不安を除けば、すばらしくご機嫌な旅の道程。
この分だと、温泉と寺歩きの予定がまっさらになるかもしれないがっかり感にそっと目を閉じれば、希望に満ちた旅の道程。

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2009年8月31日 (月)

シーサー大統領

シーサー大統領
旅先での選挙速報は異国の距離感。


海もいいけど、空もいい。
夕方も、夜もいい。

東の岬へと星を見に行く。
猫目の月は、銀々と冴え渡り、ざわわな畑の輪郭も、余すことなく律儀に落とす。月の光が強すぎて、流れ星は見つからなかった。
夜空は海の底、月は海面の太陽。
光の構図がおそろいなんだ。
太陽の下、海に潜り、月の下、夜に潜る。
車の中では、つじあやのカバーの「黄金の月」がかかっちゃったりなんかして、後部座席に体育座り。帰りタクナイカモシレナクモナイカモシレナイ。

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2009年8月30日 (日)

本日のハイライト

本日のハイライト
関東におかれましては、台風、いかがお過ごしですか。台風と入れ違いで宮古島上陸。そこのけ、そこのけ、晴れ女が通る。


不思議な夕焼けを見た。
大きな太陽が沈んだ空に、燃えるような橙の帯が伸びた。

旅先でこういう美しい自然現象に出会うと、なんとなくその土地に来訪を許されたような気がして嬉しくなる。感謝の気持ちであふれるから、旅も、丁寧になる。
ありがとう!私も旅人として、土地よ、あなたを愛するわ。旅は土地とのアバンチュール。文字通り、そう、土地に抱かれるのだ。と、女4人旅、寝静まった部屋で、文字を打つ。「すやすや」、とは、こういう音だ。


『今日のキーワード』
・アメニティ・ハイエナ
→・甘えニティ~女神の報酬~
:つまり、人のシャンプー、リンスやら日焼け止めクレンジングやらを当てにして自分の分の用意を怠ること。午後に入り、「甘えニティ」は単位として機能しはじめ、アメニティを与える側に点数が加算されるポイント制に。


あしたまにあーな!

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2007年9月 9日 (日)

よろしく欧州〜パリ篇5〜

ついに、ここまできまし太…。パリ篇最終章。
長文攻めで、こんなブログで御免なすって!!
やっぱり長過ぎるブログはよくないなあ。
一気に書くのもよくないなあ。
自分でも書きすぎてきもちわるいです。
読む人のことより、自分の記憶の保持を優先させてしまひまひたー

この旅の記録を全部読んだあなたには、
まだ家に余っている、イタリアみやげの、お米のパスタをあげたいくらいです。
イタリア篇は、また、折を見、かたちを考えて。

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7月11日(水) <パリ→そしてイタリアへ…>

とうとう、つるさんとしばしの別れのとき。
つるさんは日本へ、私はイタリアに向けてまた、旅に出るのです。
4日前に降り立ったモンパルナスのバス停でお見送り。
うわー。こ、これは、さみしいぞ。
手を振るつるち。遠ざかるつるち。ラブ!

今回、この旅で「異国でひとり」は、やりたかったことの一つなのだけど、
分かっていたけど、しばらくはド緊張した面持ちで街を歩いていたように思う。

その日、寝台列車が20:28発で、時間がだいぶあったので
とりあえず、ルーブルをリベンジすることに決める。

ルーブル、広。too 広!
3階建ての大きな建物が、3つくらいくっついてたよ。
こりゃあ、1週間くらいないと、全部見切れないよ…
巨匠たちのデッサンがあるらしい棟と、ルーブル宮の地下壕、モナリザ、くらいはチェキっておこうかなという心づもりだったのですが、結局その中で見られたのは地下壕…という…。なんでー

Rouvre_2Chikago_2
↑(左)こんなに広いの。(右)噂の地下壕。

主に「リシュリュウ翼」とよばれる建物と、気付いたら迷い込んでいた「シュリー翼」なる建物を回っていた模様。そんなに混んではいなくって、というか館内が広すぎて気にならないのか。大理石の肌が、光を透かすことを知ったよ。あと、14〜17、8世紀のフランス、オランダ、ドイツの絵画をよく、見たよ。フランドル絵画は静謐な感じが好きだったりするので、それなりに楽しかった。でも、上野美術館で見たな…みたいな感じでした。リサーチが必要だったな…。(ミロのヴィーナスは見たよ!)

しっかし、みんなうまいなあ!そう、この一見おおらかで人が良さそうに見えつつも、人生の底を知っているがゆえに人間を信じきれないこの表情!とか、わー分かる!この粘着質な感じ!とか、画家達の人を見る目と、感じたままをダイレクトに伝えることができる筆の技術と才能でおなかがいっぱいになり申した。

BijinsanBohemienne
↑(左)今日の美人さん。(右)この表情!

寝台列車は4人部屋で、私の他にはマダムとムッシュ(not夫婦)が乗り合わせる。
はじめ、私は「電車が動き出さないと、トイレが使えない」というのに気付かなかったので、思いきり「?」という顔をしていたら、マダムを筆頭に、隣りの部屋の人も巻き込んでの身振り手振り説明会祭、みたいになってしまい、早々迷惑をかける。みんな親切だ(泣)!マダムはトイレの場所まで、わざわざ連れていってくれたよ。ありがとう!マダムはヴェネツィアに行くらしく、「そんなにいいの?」と聞いたら「マーヴェラス!!」と言っていたので、一生のうち一度は行ってみたいと思う。

THEイタリア男!な車掌さんとも仲良くなったので、ミラノに着いたら起こしてもらう約束をとりつけ、早々に就寝。
寝つく間、同室のムッシュとマダムが話しているのを聞くだに、ムッシュの方は、画商っぽい仕事をしている模様。ふたりの会話に「ピカソが」とか「ダリはね」とか言っているのが聞こえて、私もしゃべれたら、トークに参戦するものを!!と悔しく思ったことよ。

こうして列車はミラノへと向かうのであった…to be continued…
(パリ篇☆Fin)
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よろしく欧州〜パリ篇4〜

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7月10日(火) <パリ4日目>
ルーブル行ったら休みですたガイーン。

というわけで、街歩き。明日の午後には出発なので、見ておきたい場所をあれこれ回る。
セーヌ川を渡り、噂のシャンゼリゼ通りを抜け、凱旋門(でかいよ!)を見届けた後、モンマルトルの丘を目指すわたしたち。
丘のふもとで待ち構えるミサンガ売りを突破して、途中ベンチで休みつつ、サクレクール聖堂前まで階段をのぼりきったらば、広がるパノラマ!エッフェル塔から見たパリの景色より、私はこっちの方が好きかもしんまい。というのも、階段下が見えないから、今にも街に飛び込めそうなくらい、ほんとうに目の前に見えるんだよ。高さはないけど、広がりがあるというか。階段には、パリの街を背に、ボブ・マーリーを歌う男あり。

SacrecoeurSenrihin_2
↑(左)サクレ・クール聖堂 (右)件の文房具屋で買ったシールやら古びた栞(?)やら。

そして、その開放感を静かな気持ちに繋いだのは、サクレクール聖堂。
旅の中で、いちばん印象に残った聖堂。いちばんおごそかだった聖堂。
入った瞬間、ひっそりとして、心が落ち着いた。
ほんとにあるんだ懺悔室!(←またちょっと興奮)
聖母マリアを祀った庶民の聖堂で、信仰について、少し考えたよ。


聖堂を出た後、界隈を散策していたんだけど、私が想像していたパリのイメージってここだなあ、と。階段下のパティシエのお店で買った、どら焼きみたいなマカロンをほおばりつつ、雑貨屋さんを見つけては立ち止まる。日本に何年か暮らした過去があるらしい、自称・画家のおじいさんとか、猫と戯れる、つかみどころのないチョイ悪とか。古い文房具屋さんの若店主(たぶん2代目か3代目だな)なんて、お客をよそめに恋人と電話してるんだぜ!このう、パリジャンめ!アムールか、アムールなのか!と盛り上がるわたしたち。

「え?店?ああ。なんか日本人がいるけど。大丈夫だよ。それより今なにしてたの?早く会いたいよ」(脳内和訳)

とかそんな感じ!絶対そんな感じ!もうね、顔がそういう顔してるんだよ、おにいさん。パヤー
と、パリの空気を身体に染み込ませた4日目。そして最後の晩餐は、日本生まれの猫がいる、モロッコ料理のお店でクスクス!&サングリア。
私、まだ吉祥寺に「諸国夢想料理KUUKUU」があった頃に一度連れていってもらって初めてクスクスを食べて、でもちゃんと食べたのはそれが最初で最後で、それはそれは幸せな食べ物だった記憶があったので、最後の晩餐がクスクスで、ほんとうに嬉しかったのです。そうだよね、フランスはアフリカ系の移民が多いから、この手の料理は充実しているんだね。やったー

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2007年9月 8日 (土)

よろしく欧州〜パリ篇3〜

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7月9日(月) <パリ3日目>
唯一、ふたりがパリ行きを計画した時に心に決めていた場所、モンサンミッシェルへ。
鈍行の電車を乗り継ぎ、4、5時間。(節約です)。道中、車内で日本語、英語、フランス語のつたない3カ国語を駆使した「私は誰でしょうクイズ」(物や人に関するヒントを出していく)がふたりの間で大ブームに。


モンサンミシェルは、THE!ノルマンディー気候、という具合に曇天。小雨ぱらつく。てっぺんの修道院に向けて、島、というか城壁?の間を、おみやげやさんに挟まれながら急な坂道をのぼっていたので、江ノ島みたいだねー。と思ってしまった。でも、江ノ島に打ち寄せる波は、白馬が駆けるほどの早さではないね(半日しかいられなかったので、潮の満ち引きは目の当たりにできず)。城壁をさわったら、確かに海辺の手触りだった。長い年月、潮にさらされてきた石の感触。肌はいつだって確かだなあ。

KamomeKyokai

午後になって、青い空。教会内部にIN。天井が、高く、高く、高い。その建築理論を平べったくした解説を読んでも、それで支えられているのが不思議でならないあの天井。どうやら「ゴシックの上方へ向かう昇揚感は、重力の原理を否定する表現から生まれている」(河出書房新社『大聖堂物語 ゴシックの建築と美術』より)らしいですよ!なんかカコイイ!
そしてステンドグラスを通すと、外にいるときより強く、日本とは光が違うことを実感。ラピュタっぽい中庭を抜けて、食堂、礼拝堂へと降りていく。涼しく、うす暗くなっていく空間。おお、閉塞感。戦争や革命にともなって、一時期、囚人用の監獄としても使用されていた話を聞く。その節操のなさがダイナミックだ。しかし、ひとつひとつの細工がほんとうに細やかで気が遠くなりそう!

Mado 
↑海だから貝モチーフなんだね!カワユス!

一通り見学を終えて、いざランチだ!と思って入った某有名オムレツ店で、38ユーロ(6000円)のオムレツ。思ったほど大きくない、味はフツウのそのオムレツ、懐で感じるこの痛み、プライスレス…!!

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よろしく欧州〜パリ篇2〜

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Nominoichi

7月8日(日) <パリ2日目>
初日の疲れがドッと。天気もぐずぐず。昼頃ホテルを出て、クリニャンク−ルの蚤の市へ。
モンパルナスからクリニャンクールまでは地下鉄4号線で。
パリのメトロは容赦ない。なにが容赦ないって、ラッシュ時に人がドアに群がってても、普通にドアを閉める!つるちは背中を、私は二の腕をはさまれる。ギャ。


アフリカ系の物売り軍団が、良く分からないキーホルダーをじゃらじゃら言わせてほっつき歩く中を、人の流れに乗って蚤の市方面へ。ついに雨、降り始める。アメ横みたいな通りを分け入って、逃げるようにアーケード街へ。アンティーク家具から、敷物、古本、グラフィック、カメラ、レコード、雑貨、手芸用品、とおもちゃ箱をひっくり返したようにお店が並ぶ。世知辛い老人や、ウインクの似合うキュートな老人など、店主もさまざま。


つるち、古いグリーティングカード購入。どうやら、遠くの国に居る男の人が、パリに住む女の人に贈ったもので、「魚があなたに幸せを運ぶ」というメッセージと共に、カードには花束を背にした魚が描かれている、というニンともカンともハッピーな代物。今思うと、それがつるちの元にやってきたのは、ほんとう、運命というか必然と言うか、ぴったりだね!
私は、かなりいい感じの分厚いキノコの図鑑を手に取って見、戻したつもりがディスプレイ倒し、の迷惑な繰り返しをしていたものの、これから続く旅の荷物を考え断念。お店のおじいちゃん、ごめんね!ラブ!(←髭がすてきでした)そのかわりに、紙のフィルムケースや、カードを数点。やっぱり、すごくいいな!と思うものは手が出せないや。しかし、もう少し元気な時に来たら、数倍楽しめたと思うなあ。残念。


なんとなく、そのまま1日ローなテンションを引きずり、夕食は、中華料理屋さんのお惣菜をお持ち帰りして、早めに就寝。しようと思ったら、フロントからの電話。国際電話が繋がっていると言う。なにかうまく内線を回せないらしく、何度かすれ違いコール。高まる不安。その間伝わってきたのは、「2つ、ことづけがある」らしいということ。ますます高まる不安。なんとなく、何か悪いことが起きたとしたら、それは私の方じゃないかな、となぜか思ったので、私は妙に冷静になってしまった。とりあえず、フロントに直接向かう事に。つるさん、寝間着から熱湯コマーシャル並みの早着替えで一足先にフロントへ。九月、ふつうに支度。私がフロントに着く頃、フロントが部屋番号を間違えていたことが判明。よかったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
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2007年9月 7日 (金)

よろしく欧州〜パリ篇1〜

無事台風一過。
今日の「笑っていいとも」にはキムさんが出ていたよ。
「HERO」のこのタイミングで、anan恒例「好きな男・嫌いな男」。
平成の世は、相も変わらず、キムさん祭りだネ。

全然関係ないのだけど、最近気を抜くと、つい、山田優のCMのうたを口ずさみがちなので(特に家の外では)気を付けたい。いきなり、こう、喉元までくるんだよね。なんの思い入れもないだけに「なんで山田優?」と訊かれると困るよ。

さて、つづきダ。

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ChoshokuEffel_3

7月7日(土) <パリ1日目>
なんだかんだで、パリ滞在中、この日が一番動いた気がする。
長く寒い(毛布2枚がけ)ユーラシア大陸の夜を渡ると、そこはパリだっ太。5:55@しゃるる・ど・ごーる!
なけなしのフラ語(担当:九月)で、宿のあるモンパルナスまでバス移動。窓の外ではパリが動いているよ!記念すべき第1食目は駅近くにある大通りのカフェにて、フランスパンのサンドイッチ。長。パンがう、うまい。しかし、それぞれサンドイッチとドリンクだけでふたりで14ユーロって…ひとり1190円ですよ。これで、ボラれていないという驚き。安さを求めずに、普通に入るとこうなるんだね…。座ると普通にサービス料(ひとり1ユーロ弱にしても…)をとられることを学ぶ。緊縮財政を改めて決意。


その日は晴れたり曇ったり。というか、パリは全日に渡って基本曇天でした。そして、さむい。午後になると日が射す。すると、あつい。ムキ。防寒着は必要、といっても、さすがに夏だし、と思ってうすいカーディガンしか持って来なかった私が阿呆でした。現地で歯をガチガチ言わせながら、スウェットのパーカ購入。お店の店員さんがモデルのよう。


1日目なので、ひとまずパリの街の全体図をインプットすべく、1時間ちょいの観光バスツアーに参加。その後、数時間しか眠っていない疲労度の高いはずの身体を、高揚感でカバーし、街を練り歩く。目指すは、エッフェル塔。道中、シャンゼリゼ通りでもないのに「おーしゃんぜりぜー」を見事にはもりつつ、並木道で、カフェで、“パリっぽいショット”を求めて写真をとりまくる。お互いをほめまくる。途中、私が暴走して“恋するつるち”をテーマに撮り始めたくらいに店員の目が冷たくなってきた気がします。完全にハイ。レシートの日付から、今日が07/07/07であることに気付き、さらにハイ。


エッフェル塔のふもとに到着。つづら折りの観光客、客、客。すでに19時。外はまだまだ明るいものの、歩きすぎて既に足は棒。途方に暮れていたところ、人が足りなくて団体窓口に並べない韓国の団体旅行の一団と遭遇。ラキ!人数合わせで、そう待たずに団体入場に成功ス。つるちと私の他に、もうひとり日本人のおねいさんが居たので、しばし語らう。企業で、中国語のビジネス翻訳をしているらしいおねいさんは、流暢な英語も話す。パリとは相性が合わない、と言いつつ、何度も足を運んでいるようで、滞在の豆知識など教えてもらう。セレブなエスカルゴ専門店を教えてもらうも、セレブでないので行けません。話している最中、ジプシーの子を初めて見る。

Paris_2Paris2_2

エッフェル塔には展望台がいくつかあって、途中までは階段でも昇れるらしい。水圧で動く(!)脚を斜めに昇っていくエレベーターが新鮮。いちばん高い展望台についてしばらくすると、夕焼けが始まった。パリは緯度が高いから、7月だと、だいたい夜の10時前くらいに日没を迎える。セーヌ川、シャイヨー宮、ブーローニュの森を隔てて霞むビル群。放射状に広がる白い街。傾く陽の光を反射して、ビルの屋上、西を向くアパルトマンの壁、宮殿の稜線が、街が、光りだす。ぽつぽつと人工的な明りも灯り始める。パリを包む光は、いくつもの層が重なり合った柔らかい光。飛行機雲がひと筋流れ、その先には小さなプリズムができていた。

それは、初海外のおのぼりさんの口から「つるさん、こりゃワタシタチ、パリに祝福されてんね!!」という台詞が出るには十分すぎるほどの情景だったんだよ。震えるぜ、ハート!燃え尽きるほど、ヒートッッ!Je t'aime Paris!
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2007年9月 6日 (木)

よろしく欧州2007

もはや、秋の領分であるこの日々に。
台風9号と夜を越えつつ、夏の旅の記憶を再生、再生。
どう書き連ねてよいかわからねぐなってきたので、
後で色々まとめることも頭に入れつつ、とりあえず日を追ってかいてみよう。

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Athongkong_3
↑香港空港の本屋さんでペーパーバックを物色するつるち。

7月6日(金) <成田→香港→パリ>
旅のはじまり。空港待ち合わせなのにもかかわらず、空港行きの京成線内でつるち発見。さては、奇遇だな!かなり使いこまれたスーツケースを持ったおねいさんがいるぞ、旅慣れているのカコイイ!と思っていたら、その横顔はつるち(初海外)。なんだよ。おねいさん、とかゆっちゃったよ。スーツケースはつるママ仕様らしい。シールぺたぺた。
ふたりとも両替えしていなかったので、空港1Fにて。文句なしに高い。その日のレート、171円。生まれて初めて心から円安を嘆く。がんばれよ!日本経済!!


飛行機の小さな窓から見る風景は、いつだって飽きることはないのだけど、こと日の入りは、スバラ式。きっと日の出も素晴らしいのだろう。陽の名残の一線が、雲と空の真ん中に引かれ、最後の尾を引き続ける。利用したキャセイパシフィック航空は、香港の子なので、一度香港で(戸惑いの)トランジット。


降りる時も、離陸する時も、香港の夜景を拝むる!ラキ!そんなことで幸先よいね、とはしゃぐ僕らサ。空の上から見る香港は、雲に包まれた夢の国みたいだったよ。街の強い光が黒々とした雲のかたちを浮かび上がらせてチャイナ満点。でも、思ったより黄色かった。あと、私は機内食の回数を予測し間違って、刹那な空腹感で食事を取ってしまい、バカを見ました。機内食はうまかった。ズッキーニが。
そしてここ香港空港で、つるさんが「英語を会社で使っている」というのは本当だったことが判明。広大な空港をつる先生の後に従ったおかげでサバイブできたよ。つる先生!私は何故か千円札が使えるっぽいスターバックスで「じゃぱにーずyen,OK?」しか言ってなかったと思う。ちなみに使えました。でも、おつりは香港ドルでした…。小銭じゃらじゃら。

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ねむいので、続きはあした。
まだ、ごうごう言ってるね。
家の前が、渓流になっていませんように。(以前なりました)

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2007年7月13日 (金)

拝啓 SPF50の国から。

我、巴里ヲ発チ、無事イタリア二入国セリ。
巴里タノシカタネ。
モンマルトル、巴里ノ高円寺+代官山÷2ネ。(てきとう)
サクレクール寺院、心震エタネ。

只今、現地時間18:06。滞在しているのは、港町Livorno。
伊太利娘は私の予想のはるかななめ上を横切り、きゃなり達者にイタリア語を操っている模様。
詳細は、また後ほど。

とりあえず、炭水化物祭りです。

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